田舎で仕事と子育て。

僕は本州の西寄りの端っこでWEBサイトの制作を生業にしている在宅の個人事業者です。


都市高速の真横にあるマンションで都会暮らしを満喫していましたが、長男の誕生をきっかけに「少しでも空気の良いところで育てよう!」と決意し、今後の事は「何とかなる!」とほぼ無計画のまま、2009年の秋に妻の実家がある山口県への引っ越ししました。


田舎での暮らしは自分は思い描いていたものとは大きく異なりました。
道を歩いていても近所の方はさほど、話しかけては来ないし、作りすぎたおかずはもちろん今朝取れた野菜をくれることはありませんでした。


「田舎ではみんな優しく、若い人間を欲している」などと生意気なことを思っていましたが、近所の方からすれば「どこぞから来た部外者」程度の認識だったのかもしれません。


自分が思っていたより、田舎はテレビで見るような愛にあふれる場所ではありませんでした。


しかし、この場所に引っ越しをしてきて4年目。


偶然、自治会の役員に参加したことで、近所の方と会話をする機会が増え、PCの操作方法を聞かれることが増え、そのお礼として、野菜や魚介類をもらうことが増えました。自治会の紙を持って近所の家に行くと、子供たちにとお菓子をいただくこともあります。


自分にとって縁もゆかりもなかったこの場所に、少しずつ愛着が生まれつつあります。


平均年齢には70歳を超える自治会には、PCの操作ができる僕を必要としてくれている人たちがいます。PCの操作ができるからと、僕にカセットテープを手渡し「これをなんとかCDにできんものか?」と懇願してくるご老体がいます。


僕には全く持って専門外ですが、PCが使えるというだけで僕に自身のカセットテープの未来を託してくれるご老体がいます。結局は無理なんですけど。


引っ越し直後は就職先を探しましたが、WEBサイト制作関係の求人はなく、あったとしても、出勤には車が必要なため、車が1台しかなく子供が生まれたばかりで、就職も難しい状況でした。まさに無計画での田舎への移住でした。


そして……


「就職がないのなら!」と「コネなし、金なし、仕事なし」の真っただ中で、2010年3月31日に個人事業者になり、今年で5年目を迎えます。この5年間に次男が生まれたり、生涯治らないであろう病気になったりと色々なことがありました。


僕だけかもしれませんが、右も左も分からず、相談する友人もいない中で個人事業者になり「相談された仕事が断れない」「できる範囲の事は自分でやらなければいけない」と思い込む状態に陥り、妻は次男にかかりきりになり、ギャン泣きをする長男を抱え、ストレスを溜め込み、気が付くと月に300時間以上も働いていました。


その結果、不摂生や遺伝的な因子もあり、生涯治らないであろう病気になりました。


病気になったことで絶望や後悔もありましたが、でも、それ以上に周囲の温かい声に触れ「困ったら言ってみればいい。愚痴を聞いてくれる、助けてくれる友人がたくさんいる」と考えることができるようになりました。


生涯治らないであろう病気になったことはどうしようもできません。
病気になった今、加入できる保険商品は激減し、再就職も難しいかもしれません。
だから、個人事業者として生きていく決意を心に決め、この数年間を過ごしてきました。


今も子育ての合間に仕事をするような生活が続いています。


それでも、今年の4月に次男が幼稚園に入園したことで、実に6年ぶりに「誰にも邪魔をされない午前中」と満喫する日々が訪れ、ここ数日は「映画を観に行こうか!WiiUを買おうか!何をしてやろうか!」と妄想しながら、特に今までと変わりなくPCに前で仕事をする日々です。


在宅の個人事業者ということもあり、油断をすると数ヶ月、家族以外と会話をしないで日々を過ごしてしまうこともあります。


これからは、少しだけ自分の時間を持つことができそうです。
在宅の個人事業者の子育ての日々を綴っていければと考えています。
考えているだけです。