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僕はいわゆる「Iターン」だそうです

大阪府から山口県に引っ越ししてきて早6年。


大阪では、都市高速の隣に建つマンションで暮らし、ベランダに真っ白なハンガーを出しておくと数日もすれば、表面にすすのようなものが付き、真っ黒になるような場所で暮らしていました。


そんなある日、妻の妊娠が分かり、そして、妻が前々から「実家に戻ってあげたい」と言っていたこともあり、「フグ」と「明治維新の時に何かしていたらしい」程度の知識しかない山口県に引っ越しをしてきました。


ところが、最近、政府が掲げる「地方創生」の影響もあってか、お会いした方から「Iターンをされたんですね」と言われることが多くなりました。


Iターン」とは故郷から離れた場所で暮らすこと、最近では、都市部から地方都市、田舎に引っ越すことを意味するようですが、僕自身、現時点でも「Iターン」をしたという意識は全くなく、山口県への引っ越しは、妻の要望に応えた結果であり、僕としては「妻についてきターン」です。


妻の実家で暮らすことになったとはいえ、縁もゆかりもなく、友達はおらず、お金はなく、仕事はなく、自家用車は妻名義の軽自動車が1台、苦労がなかったわけではありません。


「今も都会で疲弊しているの?」とか「田舎暮らしは最高!」という気は全くありませんし、今後も、ブログで今の暮らしについて綴る予定もありませんが、この6年間、どうやってこの場所で過ごし、どうやって近所のご老体から野菜がもらえるようになったのかを記録しておこうと思います。


僕の仕事は、WEBサイトの制作を生業としている、いわゆる世間的に「WEBデザイナー」と呼ばれるものですが、僕自身「デザイナー」なんてものではないので、自分の仕事の事は「WEBサイト制作従事者」と説明しています。


引っ越す以前、大阪にいた頃「山口県に引っ越しをしたら、毎日近所のご老体と楽しい会話をしたり、作りすぎたからと野菜をもらい、暇なときは、土いじりや、家から徒歩5分の小さな漁港で釣りをしようかな」と夢に見ていましたが、実際には、そんなことはありませんでした。


妻の実家で暮らしていたこともあって、義母との関係性から僕に対して露骨に「よそ者」という態度を示されることはありませんでしたが、僕はここでは「よそ者」でした。


ただ、今思うと「よそ者」というよりは「あいつは誰だ?何をしているんだ?ここに何をしに来たんだ?」という感じに見られていたのではないかと思います。


そもそも、まず現実問題として近所のご老体と会話ができませんでした。話しかけられなかったのではなく、近所のご老体の話す日本語のイントネーションが関西とは大きく異なることから、うまく聞き取れず、また、使う方言の意味が分からず、会話が続きませんでした。


そんな状態が3ヶ月ほど続きました。


ただ、3ヶ月もすると、耳が音に慣れ始め、方言には苦戦するものの、義母の話していることの8割は聞き取れるようになり、それまでは、義母との会話は妻を介して(翻訳)行なっていましたが、妻を介さなくても、義母と会話ができるようになりました。


そして何より、僕は幼少期より、新興住宅地のような場所で過ごし、公共交通機関の利用は当たり前になっていたこともあって、車に特に執着はなかったものの、車社会では車がないと生活ができない、仕事に行けないという現実に直面しました。


山口県に引っ越し直後から、仕事を探してはいたものの、県内に求人を募集中のWEBサイト制作会社がなく、求人を募集していたとしても、妻、子供を食べさせていけるような給料ではなかったり、なけなしの貯金と義母からの支援で何とか日々を過ごしていました。


結局、仕事は見つからず、妻に「何とかなるから!やってみろ!大丈夫!」という言葉に後押しされ、「ええい、ままよ!」と、WEBサイトの制作を専門とする在宅の個人事業者となり、現在に至ります。早いもので5年が経過しました。


引っ越しから、2、3年は、向こう三軒両隣の方と会話をするぐらいで、何より、長男、次男の子育て、自分の仕事を軌道に乗せることに必死で、今考えても「どうやって生きてきたんだろうか…」と思うほどに精神的に余裕がない状態が続いていました。


転機になったのは、近所のご老体が野菜をくれるようになったのは、今から2年前の2013年に「やる人がいないから頼めないか…」と相談を受け「そういうことなら…」と乗り気ではないながらも、自治会の役員を引き受けたことでした。


毎日、暇だからなのか、それとも、やる事が多いからなのか、最低月に1度程度、週末に自治会の集まりがあり、面倒と感じながらも参加をしていました。自治会の役員会議に参加している中では、僕は最年少だったと思います。


役員会議では「1月にみんなで七草粥を食べよう」とか「地区の運動会はどうするのか?」とか「夏になる前に区民で草刈りをしよう」「最近、ゴミを分別せずに捨てる人がいるかどう対処するのか」などの話し合いが行われ「では穏便に…」という結論で毎回、無事に閉会します。


各役員は、運動会、草刈りの実施日が確定した時点で、関係各所への連絡、準備と共に、その旨を記載した紙(配布物)を全戸に配布する必要があります。ご老体は、関係各所への連絡、準備を得意としていますが、PCの操作ができないため、配布物を製作することができません。


そして、ご老体は「あの最年少の役員はなんかよー分からん仕事をしているみたいだけど、あれはパソコンちゅうもんを使ってやっているんじゃないのか」ということに気が付きました。


僕は、関係各所への連絡、準備はやりたくありませんでしたが、PCで、Wordを駆使(文章を打つだけ)して、配布物を製作することは苦痛ではありませんでした。互いの想いが合致しました。僕らは「Win-Win」の関係になりました。


あれから、2年が経過しました。
今は、僕が配布物を作り、ご老体はお礼に野菜や、子供たちにとお菓子をくれます。


僕は環境衛生員です。具体的には地区のゴミ捨て場の監視、違反したゴミがあれば、山口市のゴミ捨て場に持ち込むか「違反じゃ!持って帰れ!」と優しい言葉で書いた紙を貼り付けます。そして、日々、スチール缶とアルミ缶をごちゃ混ぜにして捨てに来るご老体と闘っています。


田舎で、喜ばれる三種の神器は「軽トラック」「草刈り機」「PC」です。


この3つさえもっていれば、明日からでも仲良くできるかもしれません。ちなみに僕は「軽トラック」「草刈り機」を持っていないため、持っているご老体と仲良くなりました。いつ数が減るか分からないので、6人ほどのご老体と仲良くなりました。


田舎にも色々な人がいます。ゴミの分別ができない人、決められた日にゴミを捨てない人、深夜に騒ぐ人、何かと理由を付けて自治会に参加しない人、すべての事柄に文句を言わないと気が済まない人、自分が信仰する宗教を勧めてくる人がいます。きっと、どこも同じです。


地区のためによく動くご老体ほど早く逝きます。
といっても、皆さん、75歳を優に超えていますが。


田舎は、暇なようで忙しくて、忙しいようで暇な場所です。
田舎が特に住みやすいということはありません。
都会に比べ限りなく住みにくい場所です。


電車は1時間1本です。時間帯によっては1時間1本もありません。21時台に最終電車ということもあります。都会では、人々の暮らしに合わせて公共交通機関が機能していますが、田舎では、公共交通機関に合わせて暮らしています。


買い物に行くにも、仕事に行くにも「車」が必要です。毎年、自動車税が襲ってきます。
そして、何より「やりたい仕事」が見つからないかもしれません。


僕が暮らしているのはこんな場所です。
暮らしてみると、それほど悪くない場所です。